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びびびっときたぁ



考えることを放棄する人間は嫌い


またひとつ、俺の考えが言葉にできたわ。


でもまあこれは本当にそのままだなあ。

分からないことは聞いてくれればいいんだ。
でもな、自分で考えた上で理解できないとか
自分の知識等では解決できない時に限るんだよ。

考えることを放棄して、すべてを人に聞いてしまうのは許せない。

俺はそんな奴を
時として人とさえも認めやしない。

ソクラテス曰く、人ってのは考える葦、らしいからな。
考えることを放棄した者はただの葦でしかないさ。
そして葦であるからこそ、頼り頼られ、助け合って生きていくなんて考えになるんだろうな。


そこで俺が思うのは一つ。

人は確かに無力だ。
しかし、自分の力を高め、そして欲望を抑えるとどうだろう。
全て自分でできてしまうと思うんだよね。

ただし間接的な助力(書物など)を完全に経って
自力で衣服や食糧を得るのは
現代の社会ではムリだろう。

いかに山に籠ろうとも、誰かしら山菜やらを採りに利用している場合が多い。
衣服はなくても死にはしないが、全裸で山にいるだけでも犯罪なのだからな。

ということを考えれば、やはり完全に一人で生活するのは不可能と見える。

しかし間接的な助力を許し、最大限に自分でやれば
人の手を借りる、という行為をあえて選ぶことはないのではないかと思う。
勿論、それを実行するとなれば、仕事を選ぶ必要はある。
だが、何もコミュニケーションを断たねばならぬということではないのだ。
自分にできることは、最大限に自分でこなす。
これさえできれば、上記の意味で一人で生活しているとも言えるんではないかと思う。

そしてその意味で一人で生活するということは
他人にいらぬ迷惑をかけずに済む可能性が大幅に高まる。



俺はたぶんいつからか
他人にいらぬ迷惑をかけて叱られたくがないために
出来ることは何でも一人でやって、一人で貯め込んでいたんではないかと思う。

時たま無性に泣きたくなってたのは
そうゆうのが爆発しそうな時だったのかなあ。

なんてね。
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